【受験シリーズ】10 趣旨と規範

令和3年も5月に入りました。

 

昨年の5月は、初の緊急事態宣言が出され、外出者が非常に少ないという、異例の光景が見られました。

 

今年も、再度コロナウィルスの影響が強まっていますので、日ごろから気を付けたいものです。

 

弁護士法人心の鳥光でございます。

 

今回は受験シリーズの10回目です。

 

1 納得と記憶
司法試験においては、考え方や理解が非常に大切といわれます。

もちろん、それはその通りです。

一方で、やはり覚えなければどうにもならないものもあります。

規範は、その最たるものの一つであると考えられます。

問題は、覚え方にあると考えられます。

判例規範や、論証パターンを、文字列として暗記をするのは、目の前の点数を取得しなければならない状況下においては、応急処置としては良いかもしれません。

しかし、応用が利きませんし、記憶が長続きしません。

人間の記憶は、納得が得られたとき、長期記憶として残るといわれています。

納得と理解は、この場面においてはほぼ同義です。

では、同じことを覚えるとしても、納得を得て覚えるためにはどうすればよいのでしょうか。

 

2 趣旨と規範
条文や条文上の単語の解釈について、納得を得るためには、趣旨を読むことです。

ある条文が、何のために生み出されたのかを知ることで、単語の解釈の仕方にも納得がいきます。

納得さえすれば、忘れにくくなるので、試験本番でも自然に引き出すことができるようになります。

そして、趣旨は、規範ともつながってきます。

規範は、趣旨からさかのぼって生み出されることが多いためです。

条文の趣旨を知っていれば、(一字一句正確にではないにせよ)規範を思い出すことがしやすくなります。

意味も分からず、無理矢理文字列として覚えた規範を捻りだすのとは、根本的に違います。

時には、判例のパターンから、少しずらした事案が出題されることもあります。

このような場合こそ、趣旨からさかのぼって、判例規範に応用を加えるということもできるようになります。

【相続放棄シリーズ】25 付随問題への対応2

弁護士法人心の鳥光でございます。

 

相続放棄シリーズ25回目の今回は、前回に引き続き、相続放棄に付随する問題への対処法を説明していきます。

 

1 被相続人の負債
結論としては、支払う必要はありません。

相続放棄が成立した後は、はじめから相続人ではなかったことになります。

被相続人の負債を相続しませんので、支払いに応じる法的根拠がなくなります。

実務上の対処法としては、まず相続放棄をすることを決めた段階で、債権者へ連絡します。

債権者側へ伝えることで、いったん請求を停めてもらえるためです。

相続放棄が完了し、相続放棄申述受理通知書が発行されたら、その写しを債権者へ提供します。

 

2 残置物
法律上は、何もする必要がありません。

原則論でいえば、相続人全員が相続放棄をした後、賃貸人が相続財産管理人選任の申立てをし、相続財産管理人に明渡を求めればよいためです。

もっとも、賃貸人からの明渡要求が厳しく、精神的に辛いというケースもあります。

また、後述するように、被相続人の保証人になっている場合は、明渡完了までの間の家賃(相当額)を支払わなければならなくなります。

相続財産管理人選任を待っていると、保証人として支払う金額が大きくなる恐れがあります。

実務上は、明らかに財産的価値のない残置物は、いわゆるゴミとして扱い、相続財産を形成しないと解釈し、処分して明渡すこともされています。

ただし、裁判所が明確に認めたわけではないので、法定単純承認事由となるリスクが残ることは認識が必要です。

財布(現金)や預金通帳など、財産的価値があるものは、しっかり保管しておきます。

 

3 不動産(建物)、自動車
現行法上、これらを処分すると、原則として、法定単純承認事由に該当することになります。

土地建物を売却することはもとより、建物を取り壊すことも法定単純承認事由に該当します。

自動車の廃車手続、廃棄も同様です。

これらを、法定単純承認事由に該当することなく処分するには、相続財産管理人選任の申立てが必要になります。

被相続人に債権者がいて、かつ売却価値のある不動産、自動車であれば、債権者側が相続財産管理人選任の申立てをする可能性もあります。

 

4 被相続人の保証人になっている
結論としては、相続放棄をしても保証債務を免れることはできないため、支払いに応じる必要があります。

保証の範囲は、保証契約によって変わる可能性があるため、保証契約の中身をしっかり確認します。

特に住宅の賃貸借の場合、原則として、保証人には明渡義務そのものはなく、原状回復義務および明渡遅延期間の賃料相当額の支払義務があります。

明渡ができないため、法律論的には、相続財産管理人選任の申立てをし、賃貸物件内の残置物処分と、賃貸借契約の解除をする必要があります。

もっとも、非常に時間も費用も要することから、実務上は、残置物を別の場所に保管するか、リスクを負って財産的価値がないものを処分するという方法がとられることも多いです。

また、保証人になっている場合に気を付けたいのは、被相続人が賃貸物件で死亡した場合です。

いわゆる事故物件になったとして、保証人に対し、損害賠償を求められることがあります。

被相続人が自殺をしたのか、病気や事故で亡くなったのかによっても、損害賠償義務の有無や額が変わってきます。

自殺の場合には、損害賠償義務を認めた裁判例もあります。

そのため、死因についてはしっかりと資料、証拠を集めたうえ、厳格な交渉を行います。

【相続放棄シリーズ】24 付随問題への対応1

令和3年4月になりました。

 

暖かい日も増え、日によっては暑いくらいかもしれません。

 

弁護士法人心の鳥光でございます。

 

相続放棄シリーズ24回目です。

 

今回と次回は、私が今まで相続放棄業務を行ってきた中で、相続放棄に付随して発生する問題や、これに対する対応法について記していきます。

 

1 相続放棄は手続そのものより付随問題対応が難しい
相続放棄の手続き自体は、例外的なケースを除き、相続放棄申述書を作成し、戸籍謄本等の添付資料と一緒に家庭裁判所へ提出することでできます。

これだけであれば、そこまで大変な手続きではありません。(子が亡くなった場合の親の相続放棄や、兄弟姉妹の相続放棄は、集める戸籍謄本類が多いため、専門家でない方が行うのは簡単ではありません)

しかし、相続放棄を希望される方は、被相続人に関する何らかの付随問題を抱えていることが多いです。

単に相続放棄申述書を裁判所に提出しただけでは解決しないことがあります。

そして、あくまでも私見ですが、専門家としても、相続放棄の手続きをするだけではなく、依頼者の方が抱えている諸問題も一緒に解決するべきであると思います。

では、相続放棄に付随する問題としてどのようなものがあるのでしょうか。

 

2 相続放棄に付随する問題

(1) 被相続人の負債
被相続人が貸金業者等からお金を借りていた、家賃を滞納していた、入院費を滞納していた、等があります。

原則としては、相続人が債務を相続しますので、相続人へ支払い請求がされることになります。

 

(2) 残置物
被相続人が賃貸物件に住んでいた場合、生前に使用していた衣類や家財道具等が残ります。

賃借権や明け渡しの義務も相続の対象となりますので、賃貸人は相続人に対して明け渡し等を求めることになります。

 

(3) 不動産(建物)、自動車
相続人全員が相続放棄をすると、不動産や建物は相続人不在となります。

もっとも、不動産や自動車は、物理的には残存し続け、元相続人は管理責任を負うことになります。

建物がある場合、倒壊等の危険があり、何らかの責任を問われる可能性が残ります(管理責任の内容は、明確には確立していません)。

自動車についても、他人の土地上にある場合、撤去を求めてくることがあります。

 

(4) 被相続人の保証人になっている
相続人が、被相続人の保証人になっている場合があります。

被相続人の借金の保証人になっている場合もあれば、被相続人が自宅の賃貸借契約をする際の保証人になっている場合もあります。

保証人になっている場合、保証契約はあくまでも債権者と相続人との間で締結されるものであるため、相続放棄をしても保証債務から免れることができません。

 

次回、これらについての対処法について説明します。

【受験シリーズ】9 厳選と繰り返し

令和3年も3月になりました。

 

年度末なので、とても忙しい方もいらっしゃるかと思います。

 

弁護士法人心の鳥光でございます。

 

受験シリーズの9回目です。

 

今回は、ロースクール等で、一通り全分野の講義が終了した後の、司法試験に向けた勉強法についてです。

 

1 司法試験の性質
司法試験は、筆記試験です。

 

筆記試験は、極論すれば、本番の場において、答案用紙に、採点者が〇をつける文字の列を書くことができれば受かります。

 

観点を変えると、いくら法律論を理解していても、いくら規範や定義を知っていても、本番において、答案用紙に書くべきことを書くことができなければ合格することはできません。

 

また、司法試験は時間が非常に限定されています。

 

必須科目は、1科目あたり2時間です。

 

2時間以内に事案を読んで理解し、答案構成をして、答案を書く必要があります。

 

通常、答案用紙5~8枚程度書くことが求められます。

 

つまり、正確さと速さの両方がなければ点数を取ることができません。

 

2 厳選と繰り返し
速く正確なアウトプットをするためには、身体に覚えさせるほかありません。

 

規範やフレーズを無意識有能化させる必要があります。

 

そのためには、何度も繰り返し書いたり読んだりする必要があります。

 

他方、司法試験本番までに勉強に費やすことができる時間は限られています。

 

そこで、何を繰り返し練習するか、厳選しなければなりません。

 

3 繰り返し練習の対象
最優先で練習するべき対象は、言葉の定義と、判例規範です。

 

これを出すべき場面で、速く正確に書くことができるかどうかで、点数は大幅に違ってきます。

 

たとえば、民事訴訟法は、言葉の定義を基本書や受験予備校の教材から抜き出して、ひたすら何度も読み書きします。

 

刑法や刑事訴訟法であれば、判例百選に掲載されている判例の規範を何度もノートに書き写したり、隙間時間で繰り返し読むことで、自然にアウトプットができるようになります。

【受験シリーズ】8 成功者のマネ

令和3年3月になりました。

 

弁護士法人心の鳥光でございます。

 

今回は受験シリーズの8回目です。

 

司法試験の勉強をするにあたって、私が実践していた考え方と勉強法について紹介いたします。

 

1 成功者のマネをすることが基本
司法試験に限らず、ビジネスの世界でも重要視されている鉄則として、「成功者のマネ」をするという考えがあります。

 

まずは、外観からわかる形のマネから入ります。

 

形をしっかりマネをすることを続けているうちに、その背景にある考え方を理解することができ、自分の能力も上がっていくという流れになります。

 

2 司法試験の勉強においての「マネ」
では、司法試験の勉強においては、実際には何をすればよいのでしょうか。

 

まず、司法試験における成功者とは、超上位合格者です。

 

具体的には、各分野において、一桁の順位の得点をとった人です。

 

超上位合格者の再現答案は、受験予備校が出版している過去問集に掲載されています。

 

私は、一通り司法試験の範囲の講義が終了した時点から、これら超上位合格者の再現答案をひたすら写経していた時期がありました。

 

朝から晩まで10時間くらい書き続けていました。

 

一見バカなやり方に見えるかもしれません。

 

私も初めは辛いだけでした。

 

ところが、1週間くらい続けると、超上位合格者の考え方が理解できてきます。

 

なぜ今回の事案においてこのような問題提起をするのか、なぜこのタイミングでこの規範を出すのか、なぜこの事実を指摘するのか、なぜこの順序で論証するのか、ということを身体で覚えることができるのです。

 

その結果、一回で合格することができました。

 

3 写経はほかの場面でも使える
私は民事訴訟法が非常に苦手でした。

 

民事訴訟法は、用語の定義を理解することが非常に重要な科目です。

 

そこで、基本書や、受験予備校の教材から、用語の定義をひたすら抜き出してノートに書き続けることをしました。

 

これを行うことで、模試や本番でも、定義をスラスラと書くことができるようになり、A評価で合格することができました。

【相続放棄シリーズ】23 公営住宅

弁護士法人心の鳥光でございます。

 

令和3年2月です。

 

コロナウイルスも相変わらず猛威を振るっております。

 

緊急事態宣言により、収束することを心から願っております。

 

今回は、被相続人が公営住宅に住んでいた場合の扱いについてです。

 

1 通常の賃貸借契約

被相続人が民間のアパートやマンション等を借りて住んでいた場合、被相続人には賃借権があります。

 

賃借権は、借りている不動産を使用収益する権利であり、非常に強力で価値のある権利です。

 

そのため、相続人が被相続人の賃貸借契約を合意解除することは、法定単純承認事由に該当する可能性が残ります。

 

(賃料の滞納を理由に、賃貸人から一方的な意思表示で行える法定解除をしてもらうという手はあります。)

 

2 公営住宅

民間のアパートやマンションに対し、公営の住宅の場合、居住する権利の性質が異なります。

 

公営住宅は誰でも居住できるわけではなく、一定の要件(収入等)を満たさなければ居住できません。

 

つまり、居住する人の個別の属性に応じて付与される権利であり、一身専属権のような性質があります。

 

そのため、公営住宅に居住する権利は、相続の対象にはなりません。

 

このように判断した裁判例もあります。

 

3 同居親族がいる場合

公営住宅において、被相続人と同居していた親族がいる場合、一定の要件のもとで継続使用ができることがあります。

 

この場合、公営住宅に居住する権利は、あくまでも同居親族固有の権利と考えられるため、相続によって居住権を得たことにはならないと考えられます。

【相続放棄シリーズ】22 相続財産管理人

2月になりました。

 

一年のうちで一番寒い時期であると同時に、三寒四温ともいわれ、寒暖差が激しいので健康管理には気を付けましょう。

 

弁護士法人心の鳥光でございます。

 

今回は、相続人全員が相続放棄をし、相続人不在となった場合についてです。

 

1 相続人全員が相続放棄をした場合

相続放棄には順位があります。

 

単純化すれば、子→直系尊属(両親、祖父母等)→兄弟姉妹の順となります。

 

子や兄弟姉妹が被相続人より先に亡くなっていた場合、その代襲相続人に相続されます。

 

先順位相続人が相続放棄をし、順に後順位相続人も相続放棄をすると、最終的には相続人が不在になります。

 

このようになると、被相続人の財産は、相続人不在となります。

 

2 管理責任

相続人全員が相続放棄をしたとしても、元の相続人には、被相続人の財産に関する管理責任が残ります。

 

この管理責任の内容は、明確にはなっていないのですが、少なくとも相続財産管理人へ引き渡すまで、棄損、滅失をしないようにする責任があると考えられます。

 

被相続人の財産が、預貯金のみであったり、少額の現金など小さな動産のみである場合はほどんと問題ありません。

 

問題となるのは、被相続人の財産に不動産や自動車が含まれる場合です。

 

特に建物が存在している場合、老朽化によって隣接地等に被害が生じる可能性があります。

 

法的に損害賠償責任を負うか否かとは別に、何かしらの連絡が入り、トラブルにはなる可能性があります。

 

そのため、保存行為として、補修等を行っていかなければならなくなります。

 

未来永劫補修を行うことは、とても大きな負担になります。

 

他方、建物の取り壊しは法定単純承認事由になるため、行うことができません。

 

そこで、相続財産管理人選任の申立てを行うという選択肢が出てきます。

 

3 相続財産管理人

相続財産管理人は、相続人が不在となった相続財産を管理する役割の人です。

 

利害関係人が裁判所へ申し立てることで、選任されます。

 

行うことは、大まかに、相続財産の調査、債権者の調査、相続財産の換価、債権者への配当です。

 

処分することができなかった相続財産は、国庫に帰属されます。

【相続放棄シリーズ】21 判明していない相続債務

令和3年1月になりました。

 

つい最近元号が変わったという感覚でしたが,もう3年目にもなるのですね。

 

今回は相続放棄シリーズ21回目,被相続人の相続債務についてです。

 

1 相続債務

相続放棄の大きな効果の一つに,被相続人の債務を免れることができるというものがあります。

 

自己破産と異なり,租税に関する債務も免れることができます。

 

被相続人に債務があるか否かについては,遺品の中に債権者からの請求書があったり,被相続人死亡後に債権者からの通知書が送られてきたりすることで判明します。

 

もっとも,問題は,すべての債務を網羅的に把握することが簡単ではないという点です。

 

債権者からの請求書が発見されたりすると,他にも債務が存在するのではないかという疑いが生じます。

 

相続人の立場で,CICやJICCから被相続人の信用情報を取得することで,どの貸金業者から,どの程度の金銭の借入をしているかを把握することはできます。

 

もっとも,債権譲渡がなされていたり,個人からの借入があったりする場合は,信用情報によっても調査しきることができないこともあります。

 

2 真の動機は「どんな債務が潜んでいるかわからない」こと

相続放棄の動機は,「債務超過」すなわち被相続人の保有資産よりも,負債の方が多いため,負債から免れたいというものが非常に多いです。

 

もっとも,上記の通り,負債の全貌が明らかになっていることは稀です。

 

むしろ,債務者本人が死亡してしまっている以上,どこにどれだけの債務を有していたかを100%調査しきることは,理論的にも困難です。

 

そこで,相続人でなくなることで包括的に相続債務を免れる,という相続放棄が功を奏します。

 

相続放棄をしてしまえば,将来突然判明していなかった債務の弁済を迫られたとしても,対応できるためです。

 

相続債務をすることで,いつ誰から債務の弁済を求められるかわからない,という恐怖から解放されます。

 

3 実際に,相続放棄をしてからしばらく経って債権者から支払請求されることもある

相続放棄の手続をした時点で判明していた相続債務の債権者に対しては,相続放棄申述受理証明書を提示するなどにより,請求をストップしてもらいます。

 

ところが,相続放棄を終えてからしばらくして,債権者を名乗る者から相続人に対する請求がなされることがあります。

 

これは,相続放棄をしたことは公開されないため,債権者側は相続人が相続放棄をしていることを認識できないことに起因します(正確には,裁判所に対して相続放棄の申述の有無を照会することはできますが,債権者にはそこまで調査するメリットがありません)。

 

そのような場合も,やる事は同じです。

 

まず債権者に連絡を取り,相続放棄をしたことを伝えます。

 

そのうえで,相続放棄申述書を提示することで,通常は解決します。

 

もっとも,法律の専門家でない本人が,債権取立のプロに連絡を取り,お話をすることはとても怖いかもしれません。

 

もしかすると,答え方によっては,支払い義務を発生させられるかもしれないという心理が働くためです。

 

そのような場合,相続放棄を担当した弁護士を通じて,債権者との話を付けてもらうことが有効です。

【相続放棄シリーズ】20 質問状のあれこれ

新年が明け,1月になりました。

 

思えば,コロナウィルスは昨年の1月くらいに話題に上り始め,それからいろいろな面で生活が変わりました。

 

相続放棄シリーズ第20回目の今回は,裁判所から送付されてくる質問状についてです。

 

1 相続放棄申述後の流れ

法律上の相続放棄を行う際には,相続放棄申述書という書類を作成し,戸籍謄本類などの必要書類を添付して,期限内に管轄の裁判所に提出します。

 

なお,申述書を提出して,裁判所で事件番号が付与されれば,原則として期限の問題はなくなります。

 

裁判所によって受付がなされた後,裁判所によって,質問状が送付されます。

 

質問状は,「照会書」や「照会書兼回答書」などの名称が付けられることが多いです。

 

質問状は,送付の仕方や,質問の内容などが裁判所によって区々です。

 

2 送付の仕方

本人が相続放棄の申述を行っている場合,通常は申述書に記載した住所地へ質問状が送られてきます。

 

本人が裁判所へ直接申述書を持ち込む場合,受付の場所で質問状を記入するよう指示されることもあります。

 

裁判所で記入した場合は,特に不備等がなければ,後で質問状が送られることはないです。

 

代理人弁護士が本人の代理として申述を行っている場合は,さらにバリエーションが増えます。

 

代理人弁護士宛ての質問状が代理人事務所に送付される場合,本人宛の質問状が本人の住所地に送付される場合のほか,本人宛の質問状(本人が記入する必要がある)が代理人弁護士の事務所に送付されることもあります。

 

代理人宛ての質問状の場合,郵送の場合もあれば,FAXの場合もあります。

 

また,裁判所によっては,電話照会ということもあります。

 

3 質問状の内容

裁判所が質問状を送付する趣旨は,本人の真意で申述していることの確認,および法定単純承認事由に該当する行為の有無の確認にあると考えられます。

 

質問の内容は,この2点にフォーカスしたものが中心となります。

 

質問の数は,3~5問程度の場合もあれば,10問以上に及ぶ場合もあります。

 

裁判所によって運用が異なることに加え,相続人死亡から3か月以上経過している場合など,イレギュラーな事情があると質問が増えたり,複雑化する傾向があります。

 

代理人弁護士宛てに質問状が発行される場合,経験上は,かなり質問がシンプルです。

 

弁護士が介入していることから,ある程度の信用性が担保されているという前提があるためだと考えられます。

 

なお,弁護士が代理人に就いている場合に限り,質問状を送付しない(つまり質問なし)裁判所もあります。

【受験シリーズ】7 勉強方法は本当に人によりけり

今年も終わりに近づきました。

 

今年は年が始まってすぐにコロナウィルスが流行り,対応に追われる事態に陥った方も多かったかと思います。

 

来年のことを完全に予想することは誰にもできませんが,今年のようなことがないことを祈ります。

 

弁護士法人心の鳥光でございます。

 

受験シリーズの7回目です。

 

今回は司法試験の勉強方法についてです。

 

突き詰めれば,勉強方法は全員がオリジナルになります。

 

もっとも,自分が正しいと思う勉強方法を考えるうえで,根拠となる合理的な考え方は持っておくべきです。

 

今回は,ゼミを組むか否か,書いて勉強するか読んで勉強するかという観点から,私の実例と考え方を紹介します。

 

1 他のロースクール生とゼミを組むか否か
これは,意見が分かれるところです。

一方で,司法試験に受かったわけでもない人たちで議論しても正解にたどり着かない(かえって混乱する)という考えもあれば,他方で,答案作成のペースメーカーとしては価値が大きいと考えることもできます。

また,複数のゼミを組む人もいれば,1つか2つという人もいます。

私は1つだけゼミを組んで,過去問の答案作成を中心に行っていました。

答案作成のペースメーカーとしてという側面が一番大きかったです。

また,私以外は成績上位者でしたので,間違ったことを議論するリスクを回避できました。
(上記のゼミは,全員1回で合格し,半数は2桁台の順位で合格しました)

ゼミを1つだけにしていたのは,単に複数ゼミを組むと体力がもたなかったからです。

補足しますと,ゼミを組む場合,他人と一緒に勉強を行う以上,続けられるか否かは,メンバーの能力よりも価値観や考え方が合うか否かも大きく影響します。

 

2 書いて勉強するか読んで勉強するか
感覚的には,とにかく答案を書け,という考えの方が多数派である印象があります。

私自身,書くことの方を重視していました。

最終的なアウトプットとなる答案は,書いて作るものだからです。
もっとも,書くにはある程度まとまった時間や設備(机やイスなど)が必要となります。

そのため,書く場面と,読む場面を分けていました。

ロースクールや家にいるときは書くことを中心とし,それ以外の場面では読むことを中心としていました。

そして,移動やスキマ時間に読めるようにするため,資料(判例集など)は常に携帯していました。

 

3 その他,私の場合
後日詳細を述べますが,私の当時の勉強に対する考えの根底には,成功している人のマネをするという考え方がありました。

司法試験という土俵で成功している人とは,超上位合格者(順位1桁から十数位合格レベル)です。

そこで,極端なやり方ではありますが,ロースクールの講義がすべて終了してから司法試験本番までの3か月間,超上位合格者の再現答案をひたすら写経していた時期がありました。

写経は究極のマネです。

人にもよるかもしれませんが,正しい形から入ることで,思考・理解が後から付いてきました。

特に民事訴訟法については,2月まではロースクールの定期試験で落第スレスレだったところ,直前模試でA判定,5月の本番でもA判定という結果が残せました。

【受験シリーズ】6 ロースクールの講義とのバランス

12月になりました。

 

今年はコロナウィルスの流行という特殊な出来事があり,日常生活においても,経済活動においても,これまでとは全く違った対応を求められる1年でした。

 

弁護士法人心の鳥光でございます。

 

今回は受験シリーズの6回目です。

 

ロースクールに通っている場合,当然ですが必修の講義がたくさんあります。

 

通常,出欠の確認も厳格に行われ,出席日数が足りないと大幅に減点されたり,定期試験の受験資格自体を失うということもあります。

 

そして,予習課題なども多く,答えられないと減点され,これが原因で落第・留年につながるケースもあるため,講義の準備に多くの時間を費やす必要があります。

 

そこで,私がどのようにしてロースクールの講義と司法試験で得点を取る訓練を両立していたか,概要を紹介します。

 

1 物理的に出席することは必須
出席とは,講義が行われる教室に,物理的に自分の身体を置き,名前を呼ばれた時に返事をすることです。

 

これにより出席日数がカウントされます。

 

出席日数という数字が足りなければ,定期試験が受けられなくなることがあり,ロースクールを終了できず,結果として司法試験の受験ができません。

 

この観点から,出席日数という数字を作ることは極めて重要です。

 

2 自分が回答する部分を予測して用意しておく
講義は,教授や講師が生徒をあて,あてられた生徒が回答するという形式のものが多いです。

 

完全にランダムであてることもありますが,多くの場合,席の順や学籍番号順など,一定の法則に従ってあてられます。

 

そのため,いつ,どの課題について自分があたるかを予測し,自分があたる回の課題は重点的に準備しておき,それ以外の期間は答案練習や短答式試験の練習を重点的に行うという切り替えをすることで,講義対策と司法試験で点数を取る訓練の両立ができます。

 

3 未修1年生の時は講義に徹する
未修1年,特に法学部卒でない未修者は,どのみち何もわかっていないため,1年目は講義の予習復習に徹した方が良いかもしれません。

 

私自身そうしていました(というより,それで精一杯でした)。

 

法律用語の定義や,重要判例の中でも誰でも知っているべきものを中心に扱うので,ここを固めておくことは2年目以降に活きてきます。

 

法学部を卒業した人曰く,未修1年の講義は,学部であれば3年かけて行うことを1年で詰め込んでいるとのことですので,2年目以降に合流する既修者と渡り合うためにも,未修1年の基礎固めは重要です。

【受験シリーズ】5 教材は絞る

11月となりました。

 

今年もあと2か月程度となり,忙しくなってきた方もいらっしゃるかと思います。

 

弁護士法人心の鳥光でございます。

 

9月からスタートした受験シリーズの5回目です。

 

今回は,司法試験の勉強のための教材の選び方についてです。

 

決まった選び方はありませんが,教材は絞ることが鉄則であると考えております。

 

司法試験の受験生をしていると,様々な教材を目にして,誘惑にかられます。

 

この本の方が良いのではないか,あっちの問題集は誰かが良いといっていた,という思考が働き,ちゃんと読みもしないうちに別の本を買うというパターンに陥ることがあります。

 

結局何も身に付かず,時間だけがなくなります。

 

そのような事態を防ぐためには,全ての科目において,次の4種類の本のみを持ち,繰り返し読むことをお勧めします。

 

1 定番で信頼性のある基本書
2 判例集
3 受験予備校が販売している,条文の趣旨等が纏められた本
4 過去問題集

 

読む教材に信頼性があることを前提にすると,たとえば3種類の基本書をそれぞれ読むより,1つの基本書を3回読んだ方が,確実に早く,そして深く理解できます。

 

判例についても,もちろん原文を読むことは大切かもしれませんが,それよりも先に,百選等の判例集を10週読んで脳に焼き付かせることの方が必要です。

 

純粋未修だった人で,3年間ルーティンワークとして判例百選を読み続け,短答式で50位台の成績を取った人もいます。

 

単に司法試験に受かるというのであれば,定番の基本書と判例に載っている以上の知識は必要ありません。

 

逆に,定番の基本書,判例の知識を間違いなく引き出せることが極めて重要です。

 

そこで,過去問を繰り返し解き,かつコンパクトに論点がまとめられた受験予備校の教材を使用し,基本書・判例集の規範,論証をスムーズにアウトプットする練習をします。

 

他の教材に手を出すのは,その後で十分です。

【受験シリーズ】4 優先順位

11月になりました。

 

寒さも本格化していくと考えられます。

 

また,これからはインフルエンザも流行りだす可能性がありますので,対策を十分にしましょう。

 

弁護士法人心の鳥光でございます。

 

今回は受験シリーズの4回目です。

 

司法試験に向けた勉強をするうえで,小職が重視し,軸を置いていたことを,学習の対象,勉強方法,答案作成の3つの観点で照会します。

 

1 学習の対象
判例最優先を最優先して勉強していました。

ロースクールの教授も,敢えて学説には触れずに,判例のみを扱うスタイルである方が多かったことから,司法試験の問題に対しては判例に従って解答するのが筋であると考えていたためです。

学説については,規範として広く使われている例外的なものを除き,後回しにしていました。

下手に学説に手を出してしまうと,かえってわからなくなってしまう可能性もありましたし,何より小職は判例を学習するので精いっぱいで学説を勉強する余裕はありませんでした。

 

2 勉強法
とにかく書くことにしていました。

答案も作れるだけ作っていましたし,判例の規範等答案で使えそうなものを見つけた時もノートに書き写していました。

後日詳しく述べますが,読むと書くとでは記憶への残り方も違いますし,書くことで理解が進みます。

また,こうして作り溜めたノートを本番前などに使用していました。

 

3 答案作成
点数の取れる解答を書けるようになること以前に,書くスピードと腕のスタミナを確保することを重視していました。

頭でわかっていても,答案としてアウトプットできずに,採点者に対して表現できなかったならば何の意味もないためです。

上記2の勉強法により,速度を保ったまま答案を書き続けられる状態をキープするすることができます。

加えて,ある程度信頼性のあるグレードの万年筆を購入して使用していました。

万年筆はボールペンと違って紙との抵抗が少なく,構造的に文字を書くスピードを上げることができます。

また,いつも同じ万年筆で書いていると,万年筆のペン先が自分の書き方に合わせて摩耗し,より書きやすくなっていきます。

【受験シリーズ】3 勉強以外の努力

10月に入り,だんだんと寒さも深まっていくかと思います。

 

感覚的なものですが,昔に比べ,1年間の寒暖差が大きくなった気もします。

 

弁護士法人心の鳥光でございます。

 

9月からスタートした受験シリーズの3回目です。

 

今回は,司法試験に受かるために,勉強以外の部分で採った戦略についてです。

 

まず,ロースクールに入学した当時の私は,以下のディスアドバンテージがありました。

 

1 理工学部出身かつ法律に関係のない仕事をしていたため,法律に関する馴染みすらない

2 当時30代で,他の受験生(大半が20代)と比べ,体力,記憶力,思考力が劣る

 

1は本当に大きなハンデとなります。

特に,2年次に入学してくる法学既修者の方々は,法律の勉強に加え,学部時代から試験で点数を取る訓練を積んできている人も多いので,二重に不利となります。

 

2についても,20代の人と同じペースで勉強してしまった結果,高熱を出したり,下痢が止まらなくなるなど,体調を崩すことが多々ありました。

 

このような状況でしたので,周りと同じことをしていても試験に受かることはできないと考えていました。

 

試験の勉強をすることは当然ではありましたが,それ以外の部分でアドバンテージを作っていくことにも重点を置いていました。

 

具体的には次のことを行いました。

 

・試験会場の近くに住む
試験当日,住み慣れた環境から,徒歩で試験会場まで行けることは,精神面において大きなアドバンテージになったと考えています。

 

仮に試験会場の近くにホテルを手配すると,普段と環境が変わるので,不安は増大したと思いますし,試験会場まで交通機関を使うとなると,事故やトラブルに巻き込まれる不安を抱えなければなりません。

 

試験会場の近くに住むことを実践していた人は少ないと思いますので,相対的にも効果は大きかったと思います。

 

 

・自分の判断で使えるお金を惜しまない
幸い,他の受験生に比べ,自分の名義の口座に入っているお金は,非常に多かったと思います。

 

そのため,誰(親等)とも交渉することなく,独断・即決で数十万円する受験予備校の答案練習の申し込みを行うということもできました。

 

上記の,試験会場の近くに住むことも,ある意味自分の判断だけで年100万円近い金銭(家賃)を使ったと考えることができます。

 

 

・世代差を利用し,人間関係を深めすぎない
他のロースクールの生徒の大半が20代なので,私は一回り上の年代でした。

 

そのため,特に意識しなくとも,深い人間関係はできあがりませんでした。

 

一般論として,ロースクールは割と閉鎖的な世界なので,良くも悪くも人間関係が濃厚になり,時に人間関係のトラブルに発展してしまうことがあります。

 

こうなってしまうと,何らかの形で試験勉強にも悪影響が出てしまいますので,人間関係を深めすぎないことも大切だと考えております。

【受験シリーズ】2 司法試験受験のための資金繰り

10月になりました。

 

これからは寒さも増していくかと思います。

 

気温の変化には気を付けましょう。

 

9月からスタートした受験シリーズ2回目です。

 

今回は,司法試験受験のための資金繰りについてです。

 

私は,理工系の学部出身で,就職後8年間,法律とは関係のない仕事に就いていました。

 

その後仕事を辞め,生活費を含め自費で3年間ロースクールに通い,司法試験を受験して弁護士になりました。

 

これを実現するためには,お金に関する話題を避けて通ることはできません。

 

まず,働きながらロースクールに通うことは困難ですので,多くの場合仕事を辞めることになります。

 

そのため,収入がなくなります(不労所得を持っている人は別ですが)。

 

また,私はロースクールに通うための借金はしないことにしていました(非常用に無利息の奨学金を借りていましたが,全く手を付けておりません)。

 

そうすると,仕事をしている期間にお金を貯め,かつ仕事を辞めた後は出費を抑えるしかありません。

 

以下,私のお金のため方と,出費のコントロールについて紹介します。

 

1 お金のため方
私は仕事を辞めた時点で,退職金を含め1200万円の貯金がありました。

 

これがなかったら,自費で生活費とロースクールの学費を賄うことはできませんでした。

 

前職時代,特に意識して貯めていたのではないのですが,結果論としては,次の要素が貯蓄に貢献していたのだと思います。

 

・家を買っていなかったこと
・車を買っていなかったこと
・付き合いの飲み食いをほとんどしなかったこと
・旅行をほとんどしなかったこと

 

これを守っていれば,自然とお金がたまることが多いと考えられます。

 

実家が会社の通勤圏内であったのですが,会社の近くにマンションを借りて住んでいたので,もし実家から通っていたら,もっと預貯金は多かったと思います。

(ただし,実家からは1時間30分以上満員電車に乗るので,健康を維持できなかった可能性はあります)

 

 

2 無駄な出費は抑え,かけるべきお金はかける
ロースクールに通っている最中は,いわゆる無駄遣いはほとんどしませんでした。

 

毎週のように飲み食いしたり,夏休みや春休みに海外旅行に行ったり,衣類を衝動買いしたりということは全くしませんでした。

 

他方,かけるべきところにはお金をかけました。

 

まず,敢えて実家に戻らず,受験会場の近くで一人暮らしをしていました。

 

これは,試験本番で大きなアドバンテージになりました。

 

そのため,家賃には相当お金をかけました。

 

勉強に使う教材は,最新版を新品で買いました。

 

食事も,外食が中心でしたが,しっかりしたものを摂っていました。

 

また,受験予備校の答案練習も受講しました。

 

司法試験受験に限ったことではありませんが,まとまった種銭を作るということは,新しいことを始めるためには非常に重要であると考えております。

【受験シリーズ】1 イントロダクション

今年は,コロナウィルスが様々な場面に影響を及ぼしています。

 

弁護士の大半がかつて受験した,司法試験の日程も延期されました。

 

司法試験に関するセンセーショナルな話題が持ち上がったことを機に,受験生時代の私がどのような勉強をしていたかを,順次紹介していきたいと思います。

 

それというのも,私は法曹全体の中においては,客観的に見て相当程度少数派に属していると思います。

 

私は理工学部出身で,もともと物質・材料の研究者を目指していました。

 

諸事情により研究者になることをあきらめ,理工系の大学院修了後,民間企業に就職して8年間,法律との関係は希薄な仕事をしておりました。

 

その後,仕事を辞めてロースクールに入り,司法試験を受験して弁護士になったという経緯があります。

 

そして,ロースクール生であった頃の私は,相対的に以下のようなハンデを背負っていました。

・法学部出身でなく,法律に対する馴染みが全くない(俗に「純粋未修者」と呼ばれます)

・他の受験生と比べて年齢が高く,相対的に体力,記憶力,思考力が劣る(大半が20代であったが,私は30代)

・生活費含めすべての費用を自分の貯金で賄っているため,資金的余裕が少ない

 

このような3重苦の条件下においても,1回で司法試験に合格することができました。

 

次回以降,仕事を辞めてロースクールに通うための資金の作り方から,実際に司法試験を受験するまでのことを紹介していきます。

【相続放棄シリーズ】19 被相続人が事業を行っていた場合

9月に入りました。

 

徐々に暑さは和らいでいくと考えられるものの,まだまだ猛暑の日もあるかもしれませんので,熱中症対策は重要です。

 

被相続人の財産状況を理由に相続放棄を検討する際,相続財産を調査する必要があることがあります。

 

今回は,相続放棄シリーズ19回目,被相続人が個人で事業を営んでいた場合についてです。

 

法律上は,相続放棄は被相続人が自営業者であったか雇用されていたかは問題になりません。

 

もっとも,前提となる財産の調査は,前者の方が格段に労力を要する傾向にあります。

 

1 被相続人が個人事業主であった場合

法人の代表者ではなく,個人で自営業をされていた場合です。

 

業種や規模にもよりますが,財産状況が非常に複雑になる傾向にあります。

 

小売り業のように,在庫を有する業態の場合,多品種を扱っていると,在庫のカウントと評価額の計算だけでも膨大な作業になることがあります。

 

また,仕入先とお得意様がいくつもある場合,買掛金,売掛金のような金銭債権,金銭債務も多数存在します。

 

意外と盲点なのが,被相続人が医師であった場合です。

 

特に調剤も行っていた場合は,多品種の薬剤が存在することもあり,専門的な分野なので仕入先も区々だったりします。

 

税理士などが被相続人の顧問についていた場合は,会計書類の作成も委任を受けている場合が多いので,まずは顧問税理士の方に話をして,被相続人死亡時点での財産に関する資料を請求するところから始めます。

会計書類には,在庫の状況や,売掛金,買掛金のほか,手元現金や預貯金などの情報が載っているからです。

 

被相続人が自身で会計帳簿等を作成していた場合は,非常に困難になることがあります。

 

この場合は,被相続人の遺産整理を地道に行っていくほかありません。

 

2 被相続人が法人の代表者であり持分や株式を有していた場合

この場合は,相続人は,被相続人の会社の財産・負債を直接相続することはありません。

 

あくまでも会社の財産・負債は会社という法「人」に属しているためです。

 

代わりに,被相続人の持分・株式が相続財産となります。

 

持分・株式を評価する際には,法人の財産を調査する必要があり,この労力は被相続人が個人事業主であった場合と変わりません。

 

時折,代表者であった被相続人が,法人の連帯保証人になっているケースがあります。

 

このような場合,法人の負債が被相続人に降りかかってくることになりますので,法人の負債をしっかり調査する必要があります。

 

上記1,2いずれの場合であっても,しっかり調査を行うとなると非常に時間が掛かる可能性がありますので,予め相続放棄の期限の延期の手続を行っておくことが大切です。

【相続放棄シリーズ】18 相続放棄と時効援用

暑い日が続きます。

 

熱中症の危険があることに加え,寝苦しい日もあることから体調を崩される方もいらっしゃるかもしれません。

 

ひと昔前は冷房が身体に悪いと言われていましたが,今では冷房をかけないと身体に悪いとさえいえそうです。

 

相続・債務整理を担当している弁護士の鳥光でございます。

 

相続放棄シリーズ第18回目となります。

 

今回は相続放棄と時効援用についてです。

 

1 どちらも相続債務を負担しないで済む

被相続人が債務を有したまま死亡すると,基本的にその債務は法定相続割合に基づいて相続人が負担することになります。

 

相続放棄をすると,その相続人は初めから相続人でなかったことになりますので,当然債務も相続せず,負担する必要はなくなります。

 

相続放棄は,相続人が個別に行う手続ですので,相続債務を負担する必要がなくなるのは,相続放棄をした相続人だけです。

 

時効援用は,相続債務の消滅時効が完成している場合に限られますが,やはり相続人が債務を負担する必要がなくなります。

 

法的には,相続債務を一旦相続するものの,時効援用により債務を消滅させることができるということになります。

 

初めから債務を相続していないことになる相続放棄とは,理論上は異なりますが,相続債務の支払い義務がなくなるという部分は共通しています。

 

2 実務上は様々な違いがある

相続放棄をする場合も,時効の援用をする場合も,被相続人の相続財産(債務)の調査をする必要はあります。

 

厳密には,相続放棄は,債務を有しているおそれがあることが判明した段階でも行ってしまうことも多いです(たとえば,遺品の中から,少し古い消費者金融からの請求書が出てきたなど)。

 

しっかり相続債務を調査する場合は,債権者に対して,被相続人の取引履歴を提示してもらうよう依頼し,かつ依頼する人が相続人であることを示す書類(被相続人死亡の記載のある除籍,及び相続人の戸籍など)を提示する必要があることもあります。

 

もちろん,債権者に対する取引履歴の請求は弁護士が代理をすることもできますし,弁護士が職務上請求により戸籍謄本類を取得することもできます。

 

債務の調査には時間が掛かることもありますので,相続放棄を視野に入れている場合は,期限の延長手続を行っておくことも大切です。

 

相続債務の状況が判明したら,(他にも債務が存在しているおそれがないことが前提ですが)時効が完成している場合とそうでない場合とで対応が変わってきます。

 

時効が完成していて,預貯金等他の財産を取得することに問題がない場合は,債権者に対して消滅時効の援用を行います。

 

消滅時効の援用は,債権者に対して行われるものですので,弁護士が代理として行う場合は,債権者を相手方とする委任を受ける必要があります。

 

そして,相続人の代理人として,債権者に対して時効援用の通知文を送付するということが行われます。

 

時効が完成していない場合,相続放棄を行います。

 

感覚的にわかりにくい部分ですが,相続放棄は債権者に対してではなく,裁判所に対して行われる手続きです。

 

したがいまして,弁護士が代理で行う場合は,債権者を相手とする委任を受けるのではなく,あくまでも相続放棄の委任を受けた旨を裁判所に対して示すということになります。

 

相続放棄が完了した後,弁護士が債権者に対して相続放棄申述受理通知書を送付することがありますが,これは時効の援用とは異なり,あくまでも依頼者に代わって事実上相続放棄が完了したことを通知する,という形になります。

【相続放棄シリーズ】17 相続債務があるが相続放棄は困難である場合

夏も本番になりました。

 

熱中症対策は十分にしなければなりません。

 

相続,債務整理を中心に担当しております,弁護士の鳥光と申します。

 

今回は相続放棄シリーズ17回目,相続放棄が(事実上)できない場合についてのお話です。

 

1 相続債務があるが,生活に必要な財産もある場合

典型的な例として,被相続人が消費者金融等に債務を有していると同時に,自宅を所有しており,相続人がそこに住み続ける場合がこれにあたります。

 

もちろん,相続放棄をして,(元)自宅から退去するという選択も,理論的には存在します。

 

しかし,新たな家を探すことは簡単なことではありませんし,自宅の価格に比べて債務額が低い場合,もったいない感じもします。

 

このような場合,相続放棄以外の解決手段がないか,検討します。

 

2 解決法は大きく分けて2つ

1つは,自宅を売却し,その売却金で債務を返済することです。

 

もっとも,この方法は,売却金の余りを得ることはできるものの,新たな住居を探して転居する負担は残ってしまいます(不動産の売却自体も簡単ではありません)。

 

2つめとして,任意整理,時効援用を行うという方法が考えられます。

 

まず,被相続人の方宛てに送られた請求書や,信用情報機関から取得した情報を元に,債権者と債務額を正確に調査します。

 

この時,返済期限から何年も経っていて,消滅時効が完成しているようでしたら,時効を援用することで債務をなくすことができます。

 

金銭債務は,相続人全員に法定相続割合で分割されているので,相続人それぞれが時効援用をする必要があります。

 

時効が完成していない場合,任意整理を行います。

 

放っておくと遅延損害金が膨れ上がるだけでなく,場合によっては訴訟を提起されたり,裁判所を通して支払督促がなされたりすることがあります。

 

任意整理によって和解契約を締結し,支払金額を固定したうえで分割払い等にすることが一般的ですが,この部分は通常の任意整理(ご存命の方の任意整理)と比較すると複雑になります。

 

上述の通り,消費者金融等に対する金銭債務は,相続人間で法定相続割合で分割されます。

 

そのため,和解契約は相続人それぞれが債権者に対して行う必要があり,支払いも個別に行うことが基本です。

 

もっとも,これは非常に手間がかかりますので,和解契約書の文面において,相続人それぞれが法定相続割合による債務を有していることを確認したうえで,相続人代表者を決めて,その人が債権者に対して全員分の支払いを行うとすることがあります。

あくまでも,代表者は債権者に対して全員分をまとめて支払うだけで,相続人全員の債務を負担するわけではありません。

【相続放棄シリーズ】16 被相続人が賃貸住宅に住んでいた場合

7月に入り,とても湿度の高い日が増えてきました。

 

食中毒等に気を付け,体調管理に気を配りたいところです。

 

相続・債務整理を担当している弁護士の鳥光でございます。

 

相続放棄シリーズ第16回目となる今回は,被相続人が賃貸住宅に住んでいた場合についてです。

 

1 民間の賃貸住宅の場合

いわゆる,被相続人が大家さんからアパートやマンション(場合によっては一軒家)を借りて,賃料を払っていた場合です。

 

この場合,被相続人が亡くなると,まずは相続人が賃借人の地位を相続します。

 

そのため,原則としては,解約等により賃貸借契約がなくなるまでの間,相続人には賃料等を支払う義務があります。

 

また,被相続人が賃料等を滞納していた場合,未払賃料や遅延損害金等を支払う義務も生じます。

 

そして,相続人が相続放棄をすると,初めから相続人でなかったことになりますので,賃借人としての地位も,賃料等の支払い義務も,初めからなかったことになります。

 

賃貸人から,解約して欲しい旨の話が来た場合は注意が必要です。

 

解約という言葉の法的意味が問題となります。

 

賃貸人と相続人との間での合意により賃貸借契約を修了させるものである場合,合意解除となるので,相続財産の処分(法定単純承認事由)にあたる可能性が出てきます。

 

そのため,賃料の不払いなどを理由とした,法定解除(賃貸人側の一方的な意思表示で賃貸借契約を修了させるもの)としてもらう必要があります。

 

被相続人と同居していた相続人が,引き続きその賃貸物件に住む場合は,一旦賃貸人と被相続人との間の賃貸借契約を法定解除してもらい,改めて(元)相続人と賃貸借契約をする必要があります。

 

2 資力要件等がある公営住宅の場合

都営住宅など,家賃が低額である公営の住宅は,入居の際に収入や資力の要件を設けている場合があります。

 

ある一定の収入,資力を下回る場合にのみ,入居が許可されるというものです。

 

このような条件が設けられた公営住宅に居住する権利は,被相続人の一身専属権であり,相続の対象にならないとされます。

 

公営住宅の存在意義は,民間においては住宅の確保が困難な低所得者に対し,公共の福祉の観点から低額な住居を提供することにあります。

 

つまり,公営住宅を使用する人の経済的な属性に応じて付与される権利なので,相続人といえども被相続人とは属性が異なる以上,当然に承継するものではないということになります(相続人が被相続人と同等の経済的属性であれば,改めて使用権が認められるということはあり得ます)。

 

そのため,被相続人の死亡と同時に公営住宅の使用権はなくなり,民間の賃貸住宅のように,契約の解除等の問題はありません。

 

一方,自治体によって,配偶者や子が届け出をすることで入居承継を認めている場合があります。

 

この場合,あくまでも相続人の地位としてではなく,配偶者,子固有の権利として入居承継資格が与えられていると考えることができるため,相続放棄をしても入居承継ができることになります。

 

自治体によって扱いが異なりますので,実務上は個別具体的に窓口で確認する必要があります。

 

弁護士法人心では,四日市に新しく事務所を設立しました。

四日市周辺で相続問題にお悩みの方は,ぜひ一度ご連絡ください。

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